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大阪高等裁判所 昭和61年(う)460号 判決 1987年3月05日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人日下部昇、同金髙好伸共同作成の控訴趣意書記載のとおりであつて、これに対する答弁は、大阪高等検察庁検察官検事髙橋哲夫作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一(事実誤認の主張)について

論旨は、(一)、原判示第一の二の事実(別紙一覧表(二))のうち、大阪市西成区出城一丁目一番地先路上を騙取場所とする各事実は井上正彦(以下井上と略称)が、(二)、原判示第二の一の事実(同表(三))のうち、番号1、原判示第二の二の事実(同表(四))のうち、番号2ないし6、同7のうち騙取年月日が昭和五六年五月二〇日及び同月二三日(頃)の各事実については、森浦信彌、植田浩及び齋藤弘治(以下森浦、植田、齋藤と略称)らが、いずれも自己の利益を図る目的で被告人との共犯関係から逸脱して、被告人と全く無関係に犯したものであるから、被告人には共謀も故意も存在せず無罪であるのに、これを積極に認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるというのである。

よつて、所論にかんがみ、記録を精査し、当審における事実取調の結果をも参酌して考察するに、被告人の検察官(昭和五七年一二月二日付)及び司法警察員(同年一〇月一五日付)に対する各供述調書、井上正彦(昭和五七年一〇月一三日付、同月一六日付、同月一八日付)及び土井俊一(二通)の司法警察員に対する各供述調書など証拠によれば、所論(一)の原判示各事実については、被告人が原判示第一事実の関係で井上を引き役、被告人を捌き役として犯行を共謀した際、それぞれの取り分を明確に取りきめず、処分額の相当分を被告人の井上に対する従前の債権回収に充当する程度の漠然とした了解があつたのみで、右各犯行中井上には定まつた率による分け前金としての現金分与がなされていないため、井上が自己の利益のみ図る目的で注文、横流しした事実を知りながら強い苦情を言い得ず、むしろ井上の行為を暗黙裡に了解して、被害者には結局その分の支払欺罔手段をも講じていたこと、他方井上は、被告人との共同犯行による利得の分け前金を取得している意思でいたことが認められるから、所論(一)の各犯行については共謀責任を認めるに十分である。所論(二)の各事実についても、被告人(昭和五八年一月一五日付、同月一八日付、同年二月七日付、同月一〇日付)並びに森浦信彌(昭和五七年一二月二七日付、同五八年一月五日付、同月二五日付―各謄本)及び齋藤弘治(昭和五八年二月一日付、同年三月五日付、同月六日付、同月九日付―各謄本)の司法警察員に対する各供述調書など証拠によれば、森浦らを引き役とする原判示第二事実の関係で右犯行に関する謀議は、昭和五六年三月中旬ごろ成立し、人員配置、それぞれの役割、分け前率等が決められ、下旬近くから共謀による犯行が開始されたと認められるところ、同一覧表(三)の番号1の犯行については、森浦ら引き役が謀議に基づく注文を発したところ、意外に簡単に成約し、引き続き大量の品物が入荷する見通しであり、支払期日が一回遅れる好条件であるところから、最後の支払いさえ予定倒産にまぎれ込ませれば、捌き役、支払欺罔役の被告人をごまかすことも可能であろうと考え至つて、入荷物を引き役だけで内密に横流し分配する意図のもとに処分、分配していた事実が認められ、その後の所論指摘の分についても、いわゆるピンハネしたことに成功した経緯をふまえて、引き役らが分け前金の先取りないしは正規の分け前以外の引き役相当の報酬金として利得している意思で犯行に及んでいたことが認められる他、被告人としては引き役の森浦グループに対しては約定の分け前金を商品処分の都度清算できていなかつたため、引き役グループがもつぱらグループの利益を図る目的で注文、横流しして利益を得ている事実を知りながら格別苦情を言うことなく、共同犯行の一部として認容していた事実が認められるから、所論(二)の各犯行について共謀責任を認めるに十分である。そして、右各認定に反する被告人の原審及び当審における各供述、当審で取調べた被告人作成の各書面は、いずれも積極証拠と対比し信用できず、その他所論にかんがみ、さらに検討しても右判断を左右するに足りない。それで原判決には所論の主張する事実の誤認はなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第二(量刑不当の主張)について

論旨は、量刑不当を主張し、被告人に対し刑の執行を猶予するのが相当であるというのであるが、所論にかんがみ、記録を精査し、当審における事実取調の結果をも参酌して考察するに、原判示第一は、被告人に対して多額の債務を負担する有限会社昭栄物産代表取締役宣壮介から、会社経営の自信を失つた旨告げられた被告人が自己の債権を回収する手段として目論んだ犯行であり、同第二は、旭水産株式会社と人的及び経済的に一体関係にある株式会社クボタの再建を依頼された被告人が、再建資金の捻出と自己の利益を図る目的から、旭水産株式会社を利用して敢行した計画的、組織的犯行であつて、各犯行につき、それぞれ共犯者を使つて取込詐欺の実行者とし、自らは犯行継続のための資金の運営管理、騙取物品の売却処分を掌握して巧妙に本件犯行を推進していたものであつて原判決が量刑の事情の項で指摘するとおり、まさに本件の中核的存在であつて、所論の主張するような単に資金面で協力する幇助的なものとか、騙取物品の売買斡旋などといつた程度にとどまるつもりが、心ならずも深入りしたというものではない。加えて、本件は被害額が多額に及び、しかも原判示第一の一につき、弁償として金三万五〇〇〇円が支払われたほかは、被告人においてなんらしていないことなど犯情は良くなく、被告人の刑責は軽視し得ない(所論は、原判示第一につき、右宣が犯行の中心人物であるのに、なんら刑事処分を受けていない。原判示第二につき、被告人に本件を持ちかけ、多くの利益を得た下田將男こそ中心人物であるのに、賍物故買罪として起訴され、その刑も執行猶予となつていること、また、取引先の一覧表を作成するなどした永中斌、旭水産株式会社及び株式会社クボタの実質的経営者窪田信良らは、いずれも不起訴処分となつたことにくらべ、被告人の処罰は重きに過ぎるというけれども、右宣は、負債処理等について被告人に相談したものであつて、これを契機に本件にまで発展させ、かつ、これを推進したのは被告人であり、原判示第二の一連の犯行については、証拠によれば、右下田の行為がその発端をなすものであり、かつ、同人が多くの利益を得ていたことが認められるとはいえ、本件犯行の態様からみると同人は、その中心人物であるとまでいえず、永中は、旭水産株式会社の従来の取引先を求められて一覧表として作成交付したものであり、窪田は被告人の行為を案じていた程であつて、被告人とは著るしく犯情を異にするものであり、同人らとの処分に差異があるからといつて、被告人の処分がことさら重過ぎるものと比較することは相当でない(なお、所論は、被告人には本件による利得がなかつたのみならず、旭水産株式会社のためには自己資金七〇〇万円以上を持ち出している旨主張するが、証拠によれば被告人は、原判示第一の一連の犯行については、少くとも、物品処分代金より約四七三万円を自己の取り分として利得していたこと、原判示第二の一連の犯行については、分け前として少くとも五六万円余を自己の取り分として利得していたことを自認している他、弁護人が主張するような高額の被告人資金の持ち出しについてはこれを認め得る証拠はなく、所論に主張するように利得が無かつたとは到底認め難い。)。してみると、被告人に前科前歴がないことのほか、所論の主張する被告人の家庭事情その他被告人にとつて酌むべき事情を考慮しても、本件各犯行の一連の規模(総額六〇〇〇万円余のものである)、態様の他、これに被告人が果した役割り、被害の回復状況等の犯情により、被告人を懲役三年の実刑に処した原判決の量刑が重過ぎるものとはいえない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

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